開心

おはようございます。今朝も鳥の声で目が覚め、とても気持ちの良い朝です。

 

昨日はブログをアップした後、早速、自分の「一番」を守れるかどうかのお試しがきました。

時に「自分の一番」を通すことに罪悪感を持ってしまう、そんなことはないでしょうか。

私はあることをしたい、でもそれを喜ばない人がいる。私さえ我慢すればみんながうまくいくのに・・・

こんなとき、従来の道徳教育では自分が我慢することが「美徳」だと教えられてきました。

我慢して耐えて人のために尽くしていれば、かならず良いことがある、そう、シンデレラのように。

 

しかし私の経験からいえば、そんなことはありませんでした。

我慢は溜め込むといつしか不満になり、それは病気になって表れることもあれば、あるとき限界に達して爆発し、自分も周りも巻き込んで大騒動を起こしたりすることもありました。

 

「我慢」も「不満」もエネルギーです。力学の法則にあるように、エネルギーのあるものを無理やり静止させてもエネルギーゼロになるわけはありません。エネルギーを放出させる何か別の出口を探すか、それもなければ蓄積されて、より大きなエネルギーとなっていつか爆発するのです。

 

また、自分の希望を軽視するのは、「自分」に失礼ではないでしょうか。

「自分」も「人」のなかに入れてあげましょう。「人」の希望をきくのなら、「自分」の希望も当然きくべしということです。

むしろ、まず「自分」ありき、なのです。

以前書いた「チャクラ」も、まず下位の第1・第2チャクラあたりで生命体としての「自分」を確立し、第3から第5チャクラあたりで対人関係を意識してコミュニケーションをとり、それから第6・第7で天(宇宙)に繋がる、という流れになっています。

「自分」が満たされてこその周りの幸せです。

結局、最近よく言われるようになった、「自分を愛しましょう」ということなのですね。

 

前置きが長くなりました。

 

さて今日も、お読み下さる皆さまと自分のためのメッセージとして、「心理カード」を引きました。

出てきたのは、「開心

 

そのままですね。心を開きましょう、「オープンハート」、まさに第4チャクラです。

 

以下、私の独自の解釈です。

 

心を開くということは、実に難しいものです。

無邪気だった子供のころとは違って、いろいろ賢くなった私たち大人は、自分の心の中は美しいものばかりではないことを痛感しています。

むしろ、美しくないもののほうが目につきませんか。

それを開いて見せることは、ときに大変な勇気が必要で、隠していることのほうが楽な気がします。

 

しかし、私たちがこの世に生まれてきたのは、まず「自己実現」するためだったのではないでしょうか。

私、集合体の一部としての「私」は、「私」ならではの何かをこの世に表すという使命を持って生まれてきているのだと思います。

「使命」とはなにか、いろいろな表現があるでしょう。

私はその最も簡単な表現として、こう考えています。

 

「天(宇宙・神)の創造した作品としての自分が、何者であるかを示すこと」


誰の心の中も、綺麗なものばかりではありません。

けれども本来は、ひとりひとりが天の創造した芸術作品であり、綺麗で美しいところが必ずあります。

それを隠してしまっては、勿体ないと思います。

 

心を開けば、自分の綺麗でないところが見えてしまうことがあるかもしれません。

けれども、本来は私たちはみな天の芸術作品、美、なのです。

小さな汚れを恐れず、心を開いて、ぜひそれを世の中に示してみませんか。

真の「美」は、ちょっとした汚れなどでその輝きを失うことはありません。

また私たちが恐れず心を開けば、相手にも勇気をあたえ、きっとその人も心を開いてくれるでしょう。

 

そうすれば誰もが自分の「一番」を主張し、また、人の「一番」も受け容れられるのではないでしょうか。

「一番」とは、突きつめれば、私たちのそれぞれの「美」を表現するものなのだと思います。

 

今日は私もいつもより「開心」をこころがけてみます。

どうせわかってもらえないと拗ねることなく、自分の感情を素直に伝え、自分にとっての「一番」を伝え、自分が何者なのかを周りに示そうと試みます。

 

いきなり全開する必要もないでしょう。

今日はいつもより少しだけ大きく、心の扉を開けてみませんか。

 

お読み頂き、どうもありがとうございました。

今日も皆さまにとって素晴らしい、美しい一日になりますように。