練習、本番、そして「現実」

昨夜は私の師の大内憲一郎がUstreamに出演し、その収録会へと行ってきました。

番組はトークショーで、内容は大内が人間心理の世界に興味を持ち更にクリスタルボウルを始めるようになったいきさつや、まだ活動を始めたばかりのころのエピソード、クリスタルボウルの魅力など、和やかにリラックスした雰囲気の中で進みました。1時間弱だったでしょうか、あっという間に過ぎていきました。

最初の約20分は、2、3日後にyou tubeで観られるようになるそうです。アップされたらこちらのブログでもご紹介いたします。

 

そのトークショーで私にとって印象的だったのは、大内師匠が「練習はしません」と言ったことでした。

「練習」ばかりの人生に疑問を持ち、本番でクリスタルボウルを演奏するのが楽しく、常に「本番」の演奏をしているのだそうです。

実はその感覚、私にもあるような気がするのです。

 

幼い頃からピアノとヴァイオリンを習っていましたが、実は無類の練習嫌いでした。

もちろんクラシック楽器に技術の習得は必要なのでそこそこ練習はしましたが、必要最低限を下回るくらいだったと思います。

毎日の家での練習でも、まだ拙いうちから本番感覚で一曲を通しで弾くことを好み、どうしてもひっかかるところがあると仕方なく部分練習をするという有様でした。

ピアノは片手ずつ練習するのも嫌ってすぐ両手で弾きはじめ、おかげで初めて見た楽譜の曲をその場で弾く「初見」は得意になり、急な時の代役としては重宝されました。

けれども私がピアニストもしくはヴァイオリニストとして大成できなかったのもまさに、この練習嫌いのためだとは思います。

 

今でもその傾向は続いています。

私はほぼ毎朝、クリスタルボウルの練習をします。

けれども実は、「練習」という感覚はあまりありません。

自分のための、家の空間のための「本番」を演奏しているつもりです。

他に誰もいなくとも身なりを整え、空間を整え、きちんと一礼してから始めます。

そして出た音がいまいちだったとしても、やり直したりはしません。演奏も1回限りです。

「本番」だからです。

 

それが良いことだとか、ましてそれを勧めるつもりはありません。

むしろこの傾向は、どちらかといえば自分の欠点だと思っています。

ただ昨日の大内師匠の話を聴いて、これでもいいのかなと思っただけです。

 

利点があるとすれば、常に本番感覚なので、本当の本番で緊張するとか上がるとかいうことはないようです。やり直しがきかないとか、一回きりしかないという感覚が、もう日常になっているからでしょう。

演奏会でも説明などを終えて、いざ演奏となると、いつもと同じだという感覚でむしろほっとするくらいです。

 

私のようにいつもこんな具合に「練習」しないことが果たして良いことなのかどうか、それは正直なところわかりません。

ただ、たまにはこんな感覚を持ってみるのも良いのかもしれないとは思いました。

人生に「練習」はないからです。

「練習」、別のことばでいえば「修行」はちょっとわきに置いて、いつも「本番」の幸せな人生を送る、そんな感覚を呼び覚ましてくれるような気がします。

 

さて、今日の心理カードは「現実」でした。

「現実」とは「本番」ともいえるでしょう。

そして、例えば精神世界のことや成功理論など、より良い人生のための方法をいろいろと勉強するのは、「練習」に近いかもしれません。

決して「練習」を軽んじるわけではありませんが、やはり「本番」=「現実」に生かせてこそだと思います。

「練習」は完璧なのに「本番」ではうまくいかない、より良い人生を送るための理論はたくさん知っているのに「現実」の人生はうまくいかない、それではもったいないと思います。

 

そして、「現実」の人生が本当に良い方向に最も顕著に変わる勉強が、以前にもご紹介した大内のワークショップだと思っています。

http://www.rforest.jp/shopdetail/000000000116/

 

素晴らしい理論はたくさん知っているのに現実が変わらない、そんな方にこそ体験して頂きたいワークです。今後は受講生同士の復習会なども計画され、より深く楽しく学べるようになる予定です。

 

今日もお読みいただき、どうもありがとうございました。

皆さまが素晴らしい「現実」を創造されますように。