22日(日)「癒しフェス」に出展します:「発想」

今度の日曜日の10:30~17:00まで、浜松町の東京都立産業貿易センターで開催されます「心と体が喜ぶ癒しフェスティバル」に出展いたします。

(アクセス:浜松町駅(北口)から竹芝通りを竹芝桟橋方向へ直進し、 芝商業高校前交差点を越えて100m歩き右側)

 

66番ブースで、以下の内容で出展いたします。

 

**〈ブース名〉**

 Allegro ma non troppo

 

*「フェリーチェカード」でホッとひといきカウンセリング♪

 

 **〈ブース紹介〉**

 いつでもどこでも気軽にカウンセリング♪

 

こちらでは、カウンセリングの現場で浮かび上がってきた「ある法則」をたった二文字に凝縮させたカード、「フェリーチェカード」を使ったカウンセリングとヒーリングを、お気軽にお試し頂けます。

場所を選ばずカジュアルにカウンセリングできるこのカード、しかし侮るなかれ、ご体験頂ければその本格的な深さに驚かれることでしょう!

 

たった10分で人生が変わることもあるこのカードカウンセリング、今回は通常のセッションよりかなりお得な料金設定でお気軽にお試し頂けます♪

 

メニュー:

10分(表面意識のみ) 1000円

20分(潜在意識まで) 2000円

30分(「未来ヒーリング」付き) 3000円

 

ブログのご感想をひとこと仰って頂いた方にはちょっとしたおまけを用意しております♪ どうぞよろしくお願いいたします。

 

ちなみに隣の65番ブースは「伊勢流陰陽五行鑑定」で、伊勢会師範同期の白珠(しらたま)が出展いたします。
先に運命鑑定を受けてからその結果を参考にカウンセリングというのもお勧めいたします。

 

白珠(と凛泉)のブログ→ http://ameblo.jp/rinnoizumi/

 

 

さて、おかげ様で今日の心理カード研究会も、ご参加者様にご好評を頂き、またいろいろ学ぶこともできてお開きとすることができました。

帰って引いたカードは、「発想」でした。

 

実は今日の研究会の後、こんな話題が出ました。

「自信」と「傲慢」の違いはなにか、「謙遜」と「卑屈」の違いはなにか。

 

その場で答えは出なかったのですが、カードを見てふと、「発想」の違いではないかと思いました。

 

人さまを導くセラピストとして、どんな姿勢で臨むべきなのかはとても大切なことだと思います。

「わたしに(カウンセリング・ヒーリングが)できる!」と思ってはいけないのではないかという意見もありました。

そうすると自分の主観が入りがちになり、結果、クライアント様がご自分で答えを引き出されることを妨げてしまうからです。

この心理カードカウンセリングは、あくまでクライアント様がご自身で答えを出されるものであり、セラピストが答えを示すわけではないので、主観でものをいうことは「傲慢」なことだということなのです。

 

けれども「わたしにできる!」と思えなければ、できない、という意見もありました。

できると思っていないのに人さまを導くことはむしろ失礼であり、そもそも誰が自信のないセラピストからセラピーを受けたいと思うでしょうか、ということです。

既にお気づきかもしれませんが、「わたしにできる!」にも2通りの解釈があったのです。

「傲慢」な「できる!」と、「自信」の「できる!」です。

セラピストとしての自信は必要だと思いますが、傲慢は論外です。

しかし自分では「自信」のつもりでも、実は「傲慢」になっているのかもしれません。

その違いはどこからくるのでしょうか。

 

それは「発想」の違いかもしれないと思いました。

 

「傲慢」は自分中心の発想で、この例でいえば、自分はセラピストとして優秀であり称賛されるべきだという思いから出るものでしょう。

これに対して「自信」は、自分中心ではないような気がします。

それは天や宇宙から、あるいは神からセラピストとしての能力が与えられているという安心感、「天」への感謝ではないでしょうか。

そしてわたしは「天」や「宇宙」や「神」は人間とともにあり、誰もが自分の内にその存在を感じているものだと思っています。

与えられた能力を活用するためには自分中心ではなく、寧ろ自分はできるだけもたず、ただ「天」からの力を流すようにして相手のことのみを考える、それがセラピストとしての「自信」につながるのかもしれません。

「自信」とはただ「自らを信ずる」というよりは、「自らの内なる神を信じるので自我を出す必要がない」という状態かもしれません。

また「自信」とは、「自分」がなくても大丈夫という思い、「自分」を出す必要を感じない安心感のことかもしれません。

 

「傲慢」は自分中心ですから、自分が称賛されないと不満を感じるでしょう。

「自信」は他者中心ですから、たとえ自分が非難されても相手が良くなっていれば何ということもなく、自分の「内なる神」を信じて平安でいられるのではないでしょうか。

 

自分中心か他者中心か、その「発想」の違いかもしれないという気がしました。

 

「卑屈」と「謙遜」も、同じようなことがいえるかもしれません。

 

セラピストとしては相手のことのみを考えて、「自信」をもって臨んでいこうと思います。

けれどもいつしか「傲慢」に陥らないように、ときどき自分で、また信頼できる仲間にチェックしてもらうことを心がけていく必要も感じました。

 

お読みいただきどうもありがとうございました。

明日は早朝から深夜まで予定があるため、もしかすると更新しないかもしれませんが、皆さまが素晴らしい一日を過ごされますように願っております。