「未知」

明日土曜日は初めての会場での演奏会、明後日日曜日は初めてのイベントへの出展です。

今夜は久しぶりに時間があったので、ゆっくりと行き方や準備を考えているうちに、のんびりし過ぎたのかちょっと「不安」というものが出てきました。

 

忙しいほうが不安や怖れなどは出てこないものです。

ちょっとひと息つくと氣が抜けるのか、余分なことを考え出すようです。

もちろんそれは決してわるいことではなく、ときには必要なこともあるでしょう。

 

そして引いた今日の心理セラピーカードは、「未知」でした。

 

「未知」なるものは、ときに怖れを感じさせます。

知っている場所、出たことのあるイベントなら大丈夫なのに、それが「知らない」というだけで、うまくいくのだろうかと不安になってしまうことがあるのです。

知らないことは怖いこと、知らない人は怖い人、少し極端に表現するといつしかそう思うようになっていたようです。

 

けれども小さな子どもたちや赤ちゃんは、「未知」なるものを喜びます。

初めてのものを発見するとじっと見つめたり、ときには全身で笑ったりして、目を輝かせて楽しんでいます。

新しいものを知るということは、初めてのことができるようになるということはこれほどまでの喜びなのだと、それは傍から見ていても感動するほどです。

そして眠くなると、きまってぐずり出します。

大人からすると、眠ければ早く寝れば良いではないか、早く寝るのが喜びだと思うのですが、小さな子どもたちにとってはそうではないのでしょう。

見ているとどうも、寝てしまいたくなくてぐずっているような気がします。

「未知」なるものごとにあふれた世界は楽しくて魅力的で、そこを眠りによって離れてしまいたくない、そんなふうに見えてくるのです。

 

それなのにどうして、成長すると「未知」が不安や怖れを感じさせるようになるのでしょうか。

それは「怖れ」を知ったからだと思います。

失敗した経験、痛い目に会った経験、怒られた経験などが増えるにつれ、子どももだんだん怖がるようになり、いつしか「知らないことは怖いこと」になっていくようです。

それは一概にわるいこととは言えなくて、それで自分を守っているということでもあるのです。

怖れを知らない小さな子どもは無防備で、やはり大人の保護が必要です。

大人はやはり、「怖れ」を知ることは必要でしょう。

 

ただ、必要以上に怖れを感じることもないと思います。

 

「未知」なるものに対する怖れは、過去の経験から出てくるようです。

今までうまく行かなかったから、失敗したから、非難されたから、そんな経験が繰り返されるべく、「怖れ」となって浮上してくるようです。

その中には実際以上に怖れを感じているものもあるでしょう。

そして過去ずっとそうだったからといって、これからも必ずそうであるとは限らないのです。

過去の怖れに囚われず、幻影に怯えず、冷静に考えてみれば、「未知」だからという理由で怖れる必要はないのです。

 

「未知」なるものへの怖れが出てきたときに、少し冷静になってその出処を考えてみる、そうすると解決しないまでも大部分は「幻影」であることがわかり、怖れは消えずとも気にならなくなってくるのではないでしょうか。

 

それをしてみた今は、わたしも明日への怖れは気にならなくなり、今ではわくわくとした楽しさのほうが優っています。

新しい場所で、新しいクリスタルボウルで、素晴らしいことではないでしょうか!

 

今回はじめての会場、「カフェ&ギャラリー《ROOMER》ルーマー」へのアクセスは、こちらです。
(祖師ヶ谷大蔵駅は小田急線区間準急で新宿より7つ目、成城学園前駅のひとつ前です。また渋谷駅より東急バス23系統でも行けます。)

http://u.jimdo.com/www41/o/s775c8355ea23e63e/img/i717447251d8bed8b/1364237173/std/image.jpg

 

第6回クリスタルボウル演奏会、まだお席ご用意できます。

右上の「お申し込み・お問い合わせ」ボタンより、お願いいたします。

 

お読みいただきどうもありがとうございました。

皆さまも素晴らしい未知の世界を楽しまれますように。