「一言」

何気ない「一言」に救われることはないでしょうか。

おかげ様で、ここのところ忙しくさせて頂いています。
仕事に勉強に家事に、するべき事は尽きません。
そのわたしの日常を、全て知る人はいないでしょう。

しかもちょっとショックなことがあって落ち込み気味だったある朝のこと、友だちとメールのやりとりをしていました。

その中で多少自嘲気味に、誰かに「がんばってるね」と言ってほしいと書いたところ、すぐに、「がんばってるね!大丈夫!」とメールが返信されてきました。
あまりの単純な反応に笑ってしまいました。

ところがこの笑いによって自分の氣がすっと上がり、軽くなったのには驚きました。

「一言」によって救われた、最近の経験です。

 

もちろんその友だちもわたしの日常の細かいことなど知る由もなく、落ち込んだ理由も話してはなく、心から共感してこの一言を送ってくれたのかどうかは不明です。

しかしその一言の中身の軽重はともかく、実際これで救われたように感じたという自分の心の動きには、驚き呆れてしまいました。

ただ、こう言ってほしいと伝えたことを理由も訊かずすぐその通りに返してくれたということに、わたしは何か信頼のようなものを感じたのかもしれません。

 

そういえば以前のクライアント様で、「一言」のカードを引かれたときに、「あの人から言われたい一言があるのに気づいたので、それをその人に言ってくれと伝えます」と仰った方がいらっしゃいました。

自分で自分の心の面倒を見られることを、他人に依存しないのをずっと理想としているのですが、やはり他人に言ってもらってこそ、ということもあるのでしょう。

そういえばいわゆる「手当て」も、自分自身がどんなに鍛錬した氣が使えたとしても、やはり他人に手を当ててもらうほうが効くのです。

やはり人間は、支え合って生きていく生き物なのでしょう。

 

大人ならやはり「自立」しているべきだと思い、ついつい「依存」するまいと肩肘張ってしまいます。

けれども、自立=他人に頼らない、ではないのかもしれません。

他人に頼りたくなるその「弱さ」こそが人間の面白いところであり、物語や芸術を生み出すところでもあり、愛すべきところなのかもしれません。

上手に他人に頼れること、上手に甘えられることをもって、「自立」といっても良いのかもしれません。

 

そして誰かに言ってほしい「一言」を伝えるということ、それは意外に重要かもしれません。

さらっと「こう言ってほしい」と伝え、さらっとそう言ってもらう、それは時によると延々とお悩みを聞いてもらうよりはるかに大きな効果があるかもしれません。

言霊ともいいますが、言葉の力は想像以上に大きなものです。

まして言葉の奥底に真心があれば、理由を知らずとも何となく共感できる愛があれば、たった一言で他人を救えることも、人生を変えることさえもあるのでしょう。

 

今日の心理カードは「一言」でした。

 

これから一泊で猪苗代湖に向かいます。
今日明日の更新はできないと思いますが、皆さまも素晴らしい週末を過ごされますように願っております。

お読みいただき、どうもありがとうございました。