理性と感情の「均衡」

久しぶりに恋をしました。

お相手は・・・強いていうならメンデルスゾーンでしょうか。

 

ただ「好きな曲ができた」というだけではなく、「恋をした」と表現するのには理由があります。

それが自分の心のバランスを乱すからです。

よくあることなのか、自分が特殊なのかわかりませんが、ある曲に「恋して」しまうと、時間のある限りそればかりを繰り返して聴いてほとんど何もしなくなり、時に家事や寝食すら忘れ、用事があっても時間ぎりぎりまで聴いていて遅れそうになってしまったりします。

やっとのことで出かけても、今度は頭の中でそれを再生し続け、行き先を間違えたり忘れ物をしたり、どうかすると電信柱にぶつかったりと目も当てられません。

もっとも歳を重ねるにつれだいぶ理性的に処せるようになってはきましたが、3日くらい前、ちょっとしたきっかけでメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲(オクテット)を聴いてしまってから、何年かぶりにこの感覚が戻ってきて、今はちょっと自分の感情を持て余し気味です。

おそらく、なかなか言葉では言い表せない今の心境に、この曲がぴったりくるのでしょう。

それにしても心乱れて仕事が手につかなく、困ったものです。

そんなときに引いた心理カードが、まさに、「均衡」でした。

 

ふと思いました。

わたしはいつも「理性的」で心のバランスを保っているのに、音楽を聴くとバランスが崩れ、「理性」がゆらいで感情的になってしまうと思っていたのですが、実は違うのかもしれません。

実はバランスの上にある「理性的さ」ではなく、自分の感情を押し込めて「理性的」に傾いているだけであり、時に「感情的」になることで寧ろバランスをとっているのかもしれないと。

 

心のバランスが取れている、「均衡」を保っている状態というのは、何も「理性的」であることとは限らず、「理性」と「感情」の間の自分が一番バランスを取りやすいポイントにいるということかもしれません。

どうしても社会生活の中では「理性的」であることが求められますし、またそれができるのが「大人」というものだと考えてもいます。

しかしそれだからこそ、感情を押し込めたり無視したりせず、差し障りのない方法で解放する機会を作るのが大切なのかもしれないと思いました。

感情は消すことはできません。押し込めてもいつかは爆発するか、また時には「病気」となって自分を攻撃したりもします。実は我慢し続けた怒りや悲しみの感情が病気の元になること、意外と多いのです。

 

「理性」と「感情」のバランスに限らず、日ごろ自分がバランスが取れていると思っているもの、たまには見直してみると良いかもしれません。

「仕事」と「家庭」、「勉強」と「遊び」、「自分」と「家族」、いろいろあると思いますが、いま自分がいるところがほんとうに「均衡」しているところなのか、知らずにどちらかに傾いたまま無理にバランスを保っているのではないか、この「均衡」のカードを引いたときくらいは考え直してみようと思いました。

 

何も中心点でなくても良いと思います。

自分が自分の個性と周りの事情に沿って、いちばん自然にバランスのとれるところを見つけていければ良いのではないでしょうか。

 

ちなみに突発的な感情を抑えるのは呼吸器です。。

「キレる」というのは呼吸器が弱いからでもあり、呼吸器に関連している腰椎5番の可動性が小さくなっているからなのです。

いきなり感情的にならないためには、呼吸器を鍛えることが大切になってきます。

カラオケなどストレス発散にもなりますし、とても良いのではないでしょうか。水泳も呼吸器を鍛えるのにはとても有効です。

 

クラシック好きのわたしとしては、カラオケにオペラのアリアがあれば良いのにと思います。

意外と「オペキチ」(オペラ愛好家)はいますから、どこか採用してくれないでしょうか・・・

 

お読みいただきどうもありがとうございました。

皆さまも最良のバランスで、心身ともに健やかに過ごされますように。