香港前夜:「投影」

明日から香港、今夜は準備に追われています。

冷房をがんがんに効かせるので、外は暑くても屋内に入ると寒くてたまらないのが香港の夏です。

ですから寒暑の差に対応できるようにする必要があり、特に子どもたちの服装は考えこむところです。

2002年から2003年にかけて香港には5回ほど行っているので、いちばん馴染みのある海外都市です。
ことし5月の連休に11年ぶりに行った時は、街は清潔感が増したものの、いかにも「香港」だった昔ながらのお店が改装して、モダンな内装になっているのをいくつも発見して、すこしノスタルジックな思いに浸っていました。

歳歳年年人同じからず、街もまた同じではないのですね。

 

さて、旅の支度の合間に引いたカードは、「投影」でした。

 

歳歳年年人不同(劉廷芝「代悲白頭翁」)といいますが、自分もまた去年とは同じではありません。

自分が変われば周りが変わる、と良くいわれますが、今それをとても実感しています。

いちばんそれを感じるのは人間関係で、どんどん新しい人と出会い、またその一方で、不思議と会わなくなった人もいます。

新しい人は新しい世界を見せてくれ、新しい世界を知ることでまた新しい自分を発見したりもします。

また、今までと同じ家に住み、同じ道を通っても、日常風景の感じ方も違ってきました。

心がたのしくわくわくしているときは見慣れた風景でも毎日輝いて見えて、すれ違う人すべてが愛おしく感じたりするものです。

 

まさに、周りの世界は自分の内面の「投影」なのでしょう。

 

こちらでしたいことが多くて、実はあまり気乗りのしなかった今回の香港行きですが、この気乗りのしない状態ではそれが「投影」されて、不満の多い旅になってしまうかもしれません。

行くことになったら、切符をとったら、もうハラを決めて、「楽しむ」とハラを決めたほうが良いでしょう。
出来事それ自体には良いも悪いも、特になんの意味もなく「中庸」なのだと思います。

それを良いととるか悪いととるか、思う以上に自分の内面が「投影」されているのではないでしょうか。

 

すべては自分の内面で起こること、その考えかたは、自分で責任をとるということだとも思います。

自分の心持ちひとつなのですから、周りの環境や他人のせいにはできません。

「楽しむ」と決めたら、自分で自分を楽しませることに責任を持つのです。

何が起ころうともトラブルがあろうとも楽しむ!とハラに決めて、わたしも今回の香港旅行をめいっぱい楽しんで来ようと決意しました。

 

そして自分が楽しみそれをちょっと意識して発信すれば、その楽しさが周りにも「投影」されて、きっと皆で楽しめるでしょう。

人はみな自分の内面を「投影」させることができるのですから、せっかくなので、たのしくわくわくするようなプラスの思いを「投影」していこうと思います。

 

前回の旅でも試したように、まずは決して愛想の良くない香港人から笑顔を引き出すことを企んでみようと思っています(笑)

 

「年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず」、劉廷芝のうたった「白頭翁」は、老いていく悲しみを風景や人々に「投影」したがためにそれは悲しい世界となり、同じ思いを抱える人の心を打つのでしょう。

もちろんそれも芸術であり、素晴らしい詩であり、わるいわけではありません。

けれども日常たのしく過ごすために、わたしは嬉しさ愉しさを「投影」していくことを主にしていきたいと思います。

これからわたしももちろん、日々老いていきます。

それを悲しいものとするか楽しいものとするか、すべては自分の内面ひとつで、きっとどちらでも選べるのでしょう。

 

お読みいただきどうもありがとうございました。

香港からも更新を試みますので、どうぞよろしくお願いいたします。

夏休みの方もお仕事の方も、素晴らしい日々を過ごされますように。