「信頼」その2(子育てで学んだこと)

昨夜、記事をアップしてから、何となく一週間前に書いたひとつ前の記事を読み返してみたのですが、そのときも100%の「信頼」について書いていました(忘れていたのです)。
⇒http://ameblo.jp/allegretta/entry-11913653227.html

やはり「信頼」は、いまのわたしのテーマなのかもしれません。

ところで、今日はふとした偶然が重なって、急にシングルマザーの友だちと会うことになり、いろいろ話をしていました。
彼女も野口整体に理解があり、野口整体式に子育てをしているので話がはずみ、とても楽しいひとときを過ごしました。
その会話の中で思い出したのですが、わたしが「100%」信頼することをはじめて学んだのは、育児を通してだったのです。

野口整体式の子育ては、補食(離乳食)の与え方や入浴のさせ方など独自の方式があり、それらももちろん重要なのですが、最も大切なことは子どもの好奇心を尊重して満たしてやるということだと思っています。
それはどういうことかというと、子どもが興味を持ってしたがることは、できるだけ制止しないということです。
わたしの場合、本当の本当に危険でないかぎり、ほんとうに何でもさせていました。
高いところにも登らせましたし、壊れやすいものも持たせましたし、包丁だってまだ1歳の頃から、興味を持ったときから欲しがるままに持たせていました。

そんなとき、さすがに怖れはあります。
けれども、言語を知らないはずの子どもにだって真剣に伝えれば、わかって注意するようになるのだと気がつきました。
そしてしっかりと見ていれば、そうそう危ないことはしないものです。
そのうちに、信頼していれば子どもはそれに応えてくれるということもわかってきました。

これは注意して扱うものよとしっかり言葉で伝えて(新生児でも胎児でも、言葉は確実に伝わるのです)、あとは子どもが自分で自分の安全を保つと信頼して任せておけば、何も世間で心配されるようなことは起こらないものだということにだんだん氣づいてきました。
100%信頼して見ていれば、子どもは100%、それに応えてくれるのです。

その一方で、100%信頼するというのは結構エネルギーを使うことでもあり、自分の氣力體力がそれなりに必要だということもわかってきました。
何にしてもハラが据わってなければ、ハラで決断することができないと「100%」にはならないのです。
ハラコシが決められるようになるために、臍下丹田を腰椎を、そしてそれに大きく関係する足の第1蹠骨(親指)の鍛錬を、ひところはかなり熱心にしたものです。

「100%」、これが重要なのです。
なぜならほんの1%でも疑いが入ると、子どもはそれを敏感に察知し、たちまちその割合が多くなっていくのです。
これは理屈ではなく、わたしの育児上の経験です。

そんな話も今日は少ししていたのですが、彼女も同感してくれました。
彼女のお子さんも、まだ1歳なのですが、満たされた感じがして安定しており、見ているだけでとても癒されました。
きっとお母さんに100%信頼されているのでしょう。
そのうち素敵な未来を創ってくれるのだろうと思うと、嬉しくなります。

さて、そんな彼女もまた、わたしとは別のカードを扱うカードセラピストでもあるので、今日はお互い交換セッションもしてみました。
まずわたしがセラピーを受けて引いてみたのですが、そのとき、こんなカードが出たのです。


これが出たとき、「なんで2人なの?」と思わず訊いてしまいました。
そして思い出したのが、わたしの整体の先生がよく、「人間は集団で生きる動物だ」と言っていたことです。
真実のみを一筋に追求するがゆえ、いわゆる「社会」とは反りが合わず一見人ぎらいにも見える先生ですが、そう仰っていました。
確かに整体の技術も、相手がいたほうが幅も世界も広がるのです。
そして心の世界もそうなのでしょう。

「Truth」、真実の世界に進むには、やはり相手がいるのかもしれません。
その相手とはやはり信頼関係、それもできれば100%のそれで結ばれた人かもしれません。
ひとりでは「真実」の世界に行けないということなのか、それはわかりませんが、相手と信頼関係を築くことが「真実」の世界を見る有効な方法のひとつであるとはいえるでしょう。
自分の姿だけは、自分で見えないものです。
自分の姿は人を通してのみ見ることができるともいいますから、やはり相手がいることによって、相手を信頼できることによって、新しい「真実」の世界を見ることができるのかもしれません。

お読みいただきどうもありがとうございました。
「信頼」の話、もう少し続けてみようと思っています