「信頼」その3(盲信との違い)

「信頼」の話の続きです。

前回、『「信頼」その2』で紹介した、わたしの友だちが使っていたカードは、チャック・スペザーノという人の作成した「セルフセラピーカード」というものだそうです。
どこかで聞いた名前だと思ってインターネットで検索すると、「ビジョン(ヴィジョン)心理学」なるものの創始者だということがわかりました。
(わたしの友だちはこれを勉強しているわけではなく、他のメソッドでもこのカードを取り入れているようです。)
ビジョン心理学については以前にもネットで調べたことがあるのですが、実はあまり芳しくない評価も結構あったりします。
けれどもわたしはビジョン心理学そのものについてはほとんど知らないので、判断は控えます。
本来素晴らしいものであっても曲げて伝えられてしまうということもありがちなことですし、実情を知らないのにネットの情報だけで判断はできないと思うからです。
ただその芳しくない評価のなかに、それを学んでいるはずの人たちが盲信的になり、「カルト」のようになってしまうというのがあって、そこには興味をひかれました。

ふと思ったのですが、「信頼」と「盲信」の違いはどこにあるのでしょう。
自分は「信頼」しているつもりでも、実は「盲信」だったりするのではないでしょうか。

いろいろな考え方があるかもしれませんが、わたしの考えではその違いは、自分が「自立」しているかどうかなのではと思いました。
これはまさに「ビジョン心理学」の考え方なのですが、人間は「依存」期を経て「自立」し、その先は「相互創造」へと向かうのだそうです。
もちろん幼少期は「依存」しているわけですし、成人すればいちおう「自立」したことになっているはずです。
しかし、その先の「相互創造」へと進める人は決して多くないのだそうです。
この「相互創造」では「信頼」がテーマになってくるのだと、つい先日の師匠の心理ワークショップで学びました。

ところが「自立」の手前、「依存」の状態で人を信じると、それは「盲信」になってしまうのではないでしょうか。
幼少期の子どもたちなら、親やまわりの大人のことを「盲信」しているのが自然な状態でしょう。
彼らは大人たちの善悪など判断しません。親のしていることなら無条件に「善」だと学習し、それを学び、それに身を委ねます。
ですから子どもが小さければ小さいほど、親の責任は重いとわたしは考えています。
親たるもの、子どもに「盲信」されるに足る人間でなければと思っています。

けれども実際はどうであれ、わたしたちは成人するにつれて徐々に「自立」したことになり、またそう見られるようになってきます。
ところが様々な要因によって、実際には「自立」しきれないまま大人になる人がとても多いのではないでしょうか。わたしもその一人でした。
そんな状態では、なにかひそかに依存するものを求めるのは自然なことだと思います。
そこで何かを信じてしまうと、それは「信頼」ではなく、子どものような「盲信」になってしまうのではないでしょうか。

実は子どもだって、その優れた直感によって実は大人以上に、信じるに値する人としない人はわかっているのです。
けれども、特にそれが自分の親だったりすると、彼らには「信じない」という選択肢は初めからないのです。だって、依存しないと生きていけないのですから。
ですから、彼らはその判断から目を背け、盲信するのです。
まず「依存」する必要が、先にあるからなのです。

大人になってなお「盲信」する人も、そうではないでしょうか。
「信頼」との違いは、先に「依存」の要求ありきというところなのではないかと思います。
つまり目的は信じることではなく、依存することなのです。
これが信じることへの落とし穴であり、どうかするとなにか危険なにおいのするものですら盲信してしまう理由なのではないでしょうか。

かくいうわたしも、有り難いことにさほど「危険」なものにではなかったものの、今に至るまでいろいろと「盲信」してきました。

ところで、様々な経験を経て、わたしはようやく「自立」できたと自分では思っているのですが、それでも「100%」ではあり得ないように感じています。
なぜなら、大人になっても「自立」できない原因は幼少期にあり、その原因を「消す」ことなどできないと思っているからです。
(けれども「消す」ことはできなくても、そこに焦点を当てず、違うところに光を当てて「気にならなく」することはできるということは学びました。)
今でもたまに、特に氣力體力の波が低潮期に入ったときなど、ついつい何かに依存して「盲信」することはありがちだと自覚しています。

この「盲信」する可能性があるという「自覚」と、それから何かを信じているとき、その前に「依存」の要求があるかどうかを時々チェックしてみることが大切だと、わたしは思っています。
そしてやはり大人なのですから、常に100%とは言わないまでも、出来るかぎり自分が「自立」の状態にいられるように、自分の「中心」を保てるように、創意工夫していくことも大切なのではと思っています。

すると「相互創造」へと繋がる「信頼」をすることができて、更なる世界が広がってくるのではないでしょうか。

お読みいただきどうもありがとうございました。
皆さまの世界もますます広がりますように。