タイムカプセル開く

実はわたし、陰陽五行学の伊勢先生風にいうと、いちど「魂を入れ替えて」別人になっています。

学生時代はなぜか国際政治学を専攻し、そのまま大学院に進学するものと思われ期待もされていたのですが、あるときその道に疑問を持ってしまい、行き詰まりを感じていたところに更に、関係がこじれていた両親が相次いで癌と宣告され、闘病の末亡くなりました。
そのときは自分のそれまでの人生を辛いことのみ多かったように感じ、過去を捨てて新しい人間として生きたくなって実家を引き払いました。そして思い出の品や写真、手紙やそれまでの友人の連絡先など、かなりのものを捨ててしまったのです。
ですからわたしは昔の自分の写真は1枚も持ってなく、それどころか両親や祖父母の写真さえも残していないのです。これは今では残念に思っていますが。

 

(師範仲間の皆さまはおわかりでしょうが、まさに接木運でした。魂を入れ替えて生き延びたのですね。)

 

そんなわけで、辛かった(と思っている)過去を思い出すこともあまりなく、最近ではまた新しい自分の生きる道も見つけたつもりで、日々楽しく過ごしていました。



ところが少し前のある日、何故か突然、フェイスブックで意外な友達申請を受けました。
それは子どもの頃、同じ先生の元でヴァイオリンを習っていた友だちで、どうやらアメリカでヴァイオリ二ストとして活躍しているようでした。
名前も変わっているのに、どうやって見つけてくれたのでしょうか。顔つきはあまり変わっていないのかもしれません。
凄く衝撃的でした。それは突如として目の前に子ども時代の自分が現れたような感覚でした。驚きもしましたが、ついに過去を認める「時」が来たのかもしれないという感じもありました。もちろん申請は承認して、どうなるのかと静観していました。

 

それがきっかけとなってつい数日前、別のヴァイオリン仲間の友だちからも、友達申請をもらいました。
メッセージのやりとりをしているうちに会おうかという話になり、思い立ったら吉日とばかりに、京都まで日帰りで会いに行ってきました。

 

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洛北「源光庵」の有名な「悟りの窓」と「迷いの窓」


ここ数日は、忘れていた過去の様々なことを思い出しています。
ひとつ氣づいたのは、辛かった思い出とともに幸せだった思い出も、記憶の底に埋めて「忘れて」いたということです。
そして、辛い思い出というのは初めは幸せな思い出を忘れさせるほど強烈なこともありますが、色褪せるのも意外と早いということです。
今ふり返れば、辛かったことなどもうほとんど笑い話のようであり、幸せだったことのみが楽しく思い出されるのです。
今まで記憶の底に埋めていたことが勿体なかったくらいに、、、いえ、「時」を経て辛かった部分が色褪せて、漸く発掘することができるようになったのかもしれません。

いきなり目の前に現れたタイムカプセルを開いてみたら、意外にも幸せが沢山詰まっていた、そんな感じです。

もちろんこれは、心理の勉強を始めて、その過程で自分の過去の辛かった部分を取り出し見つめてきたからでもあるでしょう。
辛かったことはそれを取り出し見つめ、認めることによって早く色褪せ、そればかりか幸せの色合いに変わることさえあるのかもしれません。
また、折に触れて聴き奏でているクリスタルボウルの音色がその痛みを和らげ、癒してくれたことも確信しています。

捨てたつもりだった過去の幸せに氣づいてそれを拾い、再び取り入れたとき、「自分」という人物像に奥行きが出てきたように感じています。
過去は現在を創り、現在は未来を創る。
過去が祝福されたものだったことに氣づけば、現在もより祝福されるのではないでしょうか。そしてきっとそれは、より祝福された未来を創り出すでしょう。
未来は現在を創り、現在は過去を創る。
逆説的な言い方ですが、より良い未来に生きると決めたとき、現在何を学びするべきなのかがわかってきて、その視点から冷静に、過去をありのままに見つめ、捉え直すことができるでしょう。

過去も未来も「現在」に内包されている、うまく説明できませんが、いま、わたしはそう感じています。

そして、うまく説明できないことがもうひとつあります。
この過去のご縁は、クリスタルボウルが呼び戻してくれたような氣がしてならないのです。

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というわけで、京都に日帰り旅行したのですが、次回はそのことを書きたいと思います。
久々の更新でしたが、お読み頂きありがとうございました。