月夜の漢詩ー李白と蘇軾

今日は閏9月の13日、後の十三夜ですね。

今夜の東京は曇り空ですが、昨夜とその前の晩、月を眺めていて思い浮かんだ漢詩の話です。


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【峨眉山月歌】


晩秋の風に誘われてふと外へ出ると、雲間から半月が現れました。薄寒い宵です。


家に入って独り岩茶「金柳条」で暖まりながら、ふと、李白の峨眉山月歌を思い浮かべました。

              


峨眉山月半輪の秋

影は平羌江水に入りて流る

夜 清溪を發して三峽に向ひ

君を思へども見ず渝州に下る



初めて父からこの歌を教わったときは、秋の月夜に渝州(重慶)へと下る船が描かれた一幅の絵のようで、


本当に美しい歌だと思ったのですが、


後にふと気になって調べてみると、どうも恋の歌らしいのです。




「峨眉」は「蛾眉」で美人を表し(「宛轉たる蛾眉(=楊貴妃)馬前に死す」長恨歌)、


「半輪」(半月)も自分の半身が欠けているような寂しさを表すと読めるのです。




すると結句の「君」はいとしいひとのことであり、


側にいないひとを思いながら江の流れ(運命の流れのようにも思えます)に身を任せるという、


なんともせつない秋の歌として胸に迫ってきます。




秋の夜長、誰を思って杯を重ねましょうか。



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峨眉山



【送張嘉州】


「峨眉山月歌」を引用した蘇軾(蘇東坡)の詩があります。




中国史上の人物では、わたしは蘇軾とそのライヴァルだった王安石が好きです。


北宋の時代に旧法派と新法派として政治上では対立していたものの、互いを認め合い友情を結び、


またともに唐宋八大家として教養溢れる文化人でした。




蘇軾は左遷された杭州でも淡々と愉しみを見つけて暮らし、


西湖に蘇堤を築いて治水するなどその地に貢献を惜しまず、


住民にも慕われたといわれています。




庶民の食べ物と蔑まれていた豚肉から有名な「東坡肉」を作りだしたのも、東坡居士(蘇軾)なのです。





以下、李白を敬していた彼の詩、「送張嘉州」です。



峨眉山月半輪の秋

影は平羌江水に入りて流る

謫仙の此の語 誰か解(よ)く道(い)わん

請う 君月を見て時に楼に登れ

笑談万事 真に何か有る

一事付与す 東岩の酒

帰来 還た受く一大銭

好意 黄髪の叟に違う莫れ




「謫仙(たくせん)」とは、李白のことです。



李白のこの詩を理解したければ、時に楼に登って月を見よ


笑ったり話に興じたりすることに何の意味があるのか


すべて東岩(地名)の酒で流してしまおう・・・


そんな意味でしょうか。




時には月を眺めるのも良いものです。


李白や蘇軾たちはその心境を詩という芸術に残しました。


文才のないわたしは・・・やはりクリスタルボウルの糧にできればと思うのです。





月夜に微かな余韻を残すクリスタルボウルの音もまた格別です。



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