茶はわたしの心

朝、口を漱いで顔を洗い、着替えると

先ず するのが

岩茶を淹れること。



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岩茶は軽く15煎くらいは出るので、
家にいるときは昼も夕も、

そして寝る前にもこれを頂きます。



薄くなってしまってもその名残りがまた格別で
極上の白湯のようなのです。






今日は或るひとに茶を贈りました。



わたしは滅多に茶は贈りません。なぜなら茶はわたしの心だから。

しかし贈った相手に心を踏みにじられたこともありました。





それもまた大きな学びだったのですが、

心ない人の手に渡してしまったことを


茶樹と茶師の劉さんに申し訳なく感じるのです。





難病ですら治ることがある劉さんの岩茶。でもほんとうは、目的を持たずに飲んでほしいという思いもあります。


この天地人の恵みを、一杯の中に凝縮された森羅万象にただ驚き敬うことができる人のみに…




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夜は京焼三名工の木米(もくべえ)の杯で頂くことも。月夜に笛の伝統絵図です。





気分は盧同に茶を贈った孟諌議。

盧同は中国茶愛飲家なら誰でも知っている茶の詩


「筆を走らせ孟諫議の新茶を寄こすに謝す」


の作者です。




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一碗喉吻を潤し

兩碗孤悶を破る

三碗枯腸を捜し

唯有り文字の五千巻

四碗輕汗を発し

平生不平の事

尽く毛孔に向かって散ず

五碗肌骨清く

六碗仙靈に通ず

七碗吃するも得ざるなり

唯兩腋に習習と清風の生ずるを覚ゆ

(盧同「走筆謝孟諌議寄新茶」より)




孤独も癒され、

平生不平の事はすべて軽い汗とともに消え、


そして仙靈に通ず。




七杯目はもう飲まなくとも良い、

ただ兩脇に清風を感じ、天に昇るよう。




贈った方がこのような気分を味わってくださると

茶樹も喜ぶことでしょう。







詩のなかでここがいちばん有名な部分ですが、

実はこのあとには


艱難辛苦を嘗める民衆への盧同の思いが表されています。




わたしの好きなその部分のご紹介は、

またいつの日かに。




他愛もない茶飲み話、

お読みいただきどうもありがとうございました。