茶は究極のスピリチュアル

スピリチュアルを語るよりほんものの茶を飲もう
ハウツー本を読むより上質の小説を読もう


・・・わたしが時に言うことです。



どちらも手軽な表面的理解ばかりを求めず、
精神の深いところから全身全霊で、何かを自分のものにしてみようということです。



もちろん茶と小説のみには限らないでしょう。
音楽や絵画、書など、一流の「ほんもの」の芸術も
そういう働きがあるでしょう。



言い換えれば真の芸術とは、
精神の深いところに働きかけて、理屈ではなく、
何か大切なものを呼び起こして全細胞に沁み渡らせてくれる、

そういうものではないでしょうか。


(そして残念なことに、商業ベースに乗り過ぎた「芸術」には、その力は失せてしまうように感じます。)





前置きが長くなりました。




そしてわたしにとっては、
ほんものの茶はやはり芸術なのです。


周恩来が龍井茶のことを芸術品と言ったように。
(残念なことに、今の経済に乗せられた龍井茶には、その域に達したものは滅多にありませんが)




劉宝順さん製の岩茶は、
紛れもなく「芸術品」の域に達した茶の代表的なものです。




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滴水金亀と平飼い卵のカステラ。
今日のおやつです♪




ほんとうはお茶請けなど要らないくらい。
一杯の茶のなかに森羅万象があります。




劉さんの岩茶を扱っている左能先生から、
こんな話を聞いたことがあります。



誰も飲まない野生の茶は美味しくない。
けれども誰かがその葉を製茶して飲むようになると、
次第次第に美味しくなってくる。




茶を飲んだ人が
「ああ美味しい」と、茶に感謝すると、

それが何万里離れていようと、
茶樹に通じるのだそうです。



すると茶樹は
「次はもっと美味しく飲んでもらおう」と思うのか、
前年より優れた茶葉を育てるのだとか。




そのようなことを読んだり聞いたりするだけではなく、
五感で味わい感動することこそが、

究極のスピリチュアル

ではないでしょうか。




劉さんの岩茶が美味しいのは

仙人秘境の武夷山に降り注がれる天の氣と、

海底から隆起した岩のミネラルという地の力と、

そして、

それを製茶する劉さんの、
劉さんの信頼を受けて適正価格で販売する左能先生の、
それを飲み感動して感謝するわたしたちの、

人の心があるからなのです。




喫茶去(越州禅師)



いろいろな解釈がありますが、
通説では
「まあお茶をお飲みなされ」
ということです。




心を澄ましてただ飲めばわかる
頭ではなく全身全霊でわかる



そんな世界もあるのです。





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【驚きの岩茶とくつろぎのクリスタルボウル(水晶七環)】です。

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