セラピストは自分がしあわせである「べし」か?

水晶七環(クリスタルボウル)奏者の
音香(おとか)です。

こんばんは。



最近、ご縁のある方から嬉しいご報告を頂くことが多くなりました!

病気快癒
転職成功
恋愛成就

など、いろいろです。


先ほどもとっても嬉しいご報告を頂いたばかり、
ほんとうにわたしも飛び上がらんばかりに嬉しくなりました!




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喜びの表情♪ 都内某所にて



これだけ周りに嬉しいことがあるのは、やはり、
自分の状態が良くなったからかしらと思います。

周りは自分の鏡でもあるのですから。




実はわたしには持論があります。

それは
セラピストたるもの自分がしあわせである(べし/ほうが良い)

ということです。



はい、表現にまだ迷いがあるので、
語尾は曖昧にしてみました(笑)




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心理カードセラピー





本来、「~べし」「~べからず」は要らないと思うのです。

何時でも何処でも誰にでも共通の「正しい」ことなどあり得ないというのが、わたしの考えなのですから。

(「正しい」は、今の此処のわたしの中のみにあると考えています。)




しかしセラピストに限って言えば、
自分がしあわせである「べし」だとも思うのです。


仮にも人さまを「しあわせ」の方へと誘導させていただくのが仕事、

周りの世界は自分の内面の「投影」なのですから、
自分がしあわせでなくてどうしようというのでしょうか?



クライアント様への責任として
まず自分が「しあわせ」である「べし」だというのが、
今までのわたしの持論でした。



そしてその考えは
根本では今も変わりません。


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「紺屋の白袴」は避けたい




けれども「~であるべし」と思った瞬間、
そこに生じる「氣」が重いものになってしまうのです。



これは何もこの場合に限ってのことではなく、

ヒーリングでも「効くべし」「良くなるべし」という念が入っていまうと氣が重くなり、

却って苦しくなることすらあるのです



(ですからヒーリングもクリスタルボウル演奏も、
できる限り「無心」で行うことが大切だと考えています。)




そう考えると、やはり、

「セラピストは自分がしあわせであるべし」

という表現は不適切かもしれません。





だいたい、クライアント様に示すために自分がしあわせである「べし」、
しあわせになる「べし」などというのは、

まさに邪念の塊ともいえます。



「しあわせ」は氣づくもの、結果であって
追い求めるものではない





理想論をいうならば、

セラピスト本人は自分の「しあわせ」など考えずして自然と「しあわせ」になってしまっている

それが周りに伝わって、

「このセラピストはしあわせそうだ」と何となく惹きつけられてきた方がクライアント様となってくださる

それくらいが良いのではないでしょうか。





わたしも「自分がしあわせになるべし」ではなく、

「わたしもしあわせになれたらいいなあ~♪」くらいが丁度良いのかもしれません。




でも、しあわせですが(笑)





嬉しいご報告が続いた今日、
ふと思いついたことを綴ってみました。

お読みいただきどうもありがとうございました。



しあわせになれたらいいですね~♪



追記:
今日は「クリスタルボウル中級講座」を初の満点卒業した記念日でした!
今まで変な氣を遣って内緒にしていたことを書いてみました。
2年前の成績なぞ、ただの「遊び」ですものね~。

でもそれを「自信」の元にしている自分も、確かにいます☆
それで良いではないですか! と思えるようになりました(*^^*)