自分をあいすることについて

水晶七環(クリスタルボウル)奏者の
音香(おとか)です。



昨日の記事の続きです。
⬇︎





昨日いきなり

あいは陰陽統合
相手の自分と異なるところを認め
受け入れること

と閃いたのですが、



自分を愛することも同じではないかと、
ふと思ったのです。

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ことしの誕生日にサプライズで頂いたクッキー♡




自分を愛すること

これを忘れている人が意外と多いのです。


(「できていない」ではなく、
   「忘れている」と、敢えていいます。)




ひとことで「自分」といっても
その中にはいろいろな面があるでしょう。


知っている自分
知らない自分

好きな自分
嫌いな自分

いつもの自分
いつもと違う自分



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わたしにもいろいろな面があります。
これは「セラピスト音香」の顔かしら^^




なんだか人はみな
自分の中に相反する性質を持っているような気がするのです。


たとえばわたし自身だと、
自分の性格として次にあげる対の性質は
どちらも当てはまっていると思います。



明るい、暗い
優しい、厳しい
強い、弱い
賢い、愚か
しっかり者、だらしがない
勤勉、怠け者
人見知りする、人見知りしない
目立ちたがり屋、とてもシャイ
生真面目、超いい加減
一人でも全く平気、超寂しがり屋
・・・、・・・



ええーっ、あの音香さんが・・・なの!
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、

自分ではそう思っています。





人は自覚していようといまいと、
必ず反対の性質を持っている
わたしは考えています。

ただ、どちらがどれだけ多く表れているか。
それは意識的にしろそうでないにしろ、
自分自身の選択なのですが。



慈愛溢れる人間は
限りなく残酷にもなれるのです。
逆もしかり。



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そんな自分の中の陰陽
それを統合させるのが
「自己愛」ではないでしょうか。





言いかえれば、



(いつも「自分」だと思っているものと)
異なる自分も認め受け入れること




自分の中の相反する性質を
ともに認めること



あるいは

自分の内なる男性性と女性性の統合



それが
自分をほんとうに「あい」すること
かもしれません。




まだ仮説ですが。



昨日の記事で書いたように


「あい」は陰陽統合、
男性性と女性性の結合、
異なるものを受け入れること



自分の中の「認めたくない」と思っている性質さえも受け入れること、

それがほんとうに「自分を愛する」ことなのではないでしょうか。





「認めたくない」と感じていても大丈夫、
結局はそれも光であり、
「あい」から生まれたものなのですから・・・





すべては認めることから始まります